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プロとアマチュアの違いは何か…。 自分の仕事に誇りを持ち、より充実した生活を送るためのヒントが満載。きっと誰もが今からでも変われます!本当の「自分」を発見し、マンネリズムから脱出しよう。 1982年(昭和57年)から1984年(昭和59年)までに連載された、芸術生活社発行『自己表現』の「プロフェッショナル研究」を原文のままお届けします。

「高い理想を掲げる者が高い誇りを持ちうる」プロフェッショナル研究 Chapter4-1

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4-1

ドンケツ・チームの怠慢なムードに染まるな。夢はでっかく持ち、夢へ向かって歩き始めよう。
理想は高く、あくまで高く…理想に近づく努力が、男の誇りを支える。

この稿の読者諸氏は面白い本を読むのがお好きだろうか。もしお好きなら、海老沢泰久(注1)著「監督」(注2)のご一読をお勧めする。
とにかく面白い本である。しゃれたユーモアと快いスリル、そしてみごとなエンド。一夜の楽しみとして充分以上のものである。
その上「プロフェッショナル研究」という観点からながめると、実に興味深い参考例が幾つもあるのである。
プロは金のために働くが、決して金のためだけに働くのではない。プロが生命を燃やして働くのは何よりもまず、自らの誇りのためなのである。誇りを失った男は、仮に稼ぎが大きくとも、すでにプロとは言えないのである。これが前回のテーマだった。
この小説はプロ野球の話である。いつも最下位でファンの笑いものになっているエンゼルスという球団に、広岡達朗という監督が就任する。そうである。あの広岡達朗(注3)、いまライオンズの監督の広岡がモデルである。エンゼルスはもちろん、彼が率いて日本選手権をとったスワローズがモデルであろう。
エンゼルスは家庭的な球団であった。エラーをしてもボーンヘッドをしても「ドンマイ、ドンマイ」と許してくれ、投手は気が向いたときに登板し、打者は好きな球を好きなように打つ。それで成績が悪くとも温情あるオーナーに泣きつけば給料がダウンすることもない。稼ぐのがプロというなら、楽をして稼いでいるのだから最高のプロということになりそうな球団であった。
スタープレーヤーの一人が高原である。彼はチームでたった一人の三割打者であり、盗塁王をはげしくせり合っている選手であった。
そんな彼に広岡はサインが出たとき以外走ってはならぬと命じ、彼の盗塁数は伸び悩む。
「サインに縛られて自由な野球ができない。これではやる気になれん」という他の選手やコーチの声に動かされた彼は、次の試合にノーサインの盗塁を二つ決める。
まあそれからいろいろあって、この小説の第一のヤマとなるわけだが、そういう高原がある日広岡に呼ばれ、優秀な走者が一塁にいることによっていかに有利に攻撃ができるか、バラエティーに富んだ攻撃が展開できるかを話して聞かせる。そのあとを引用しよう。

つづく

月刊『自己表現』1982年9月号から原文のまま

(注1)第111回直木賞(1994年)受賞作家。1974年に小説新潮新人賞を受賞してデビューし、1988年には新田次郎文学賞も受賞した。2009年没。
(注2)1979年、新潮社から発行され、82年、95年にそれぞれ新潮文庫、文春文庫にもなった。第8回直木賞(1979年)候補作品。
(注3)1954年、読売ジャイアンツに入団。正遊撃手のポジションを奪い取り、新人王を獲得。ベストナインにも選ばれた。セ・リーグを代表する遊撃手と称されたが、1966年に現役を引退。その後は、広島東洋カープ守備コーチ、ヤクルトスワローズヘッドコーチ・監督、西武ライオンズ監督を歴任した。1978年には監督として、最下位だったヤクルトを、また82、83年には低迷していた西武をリーグ優勝・日本一に導いた。「プロ野球界で最も妥協のない人物」「球史に残る名監督・大指導者」などと言われ、徹底した「管理野球」で、選手がそれぞれの役割を完璧に果たすように教育し、鍛え上げた。千葉ロッテマリーンズのゼネラルマネジャーを経て、現在野球評論家。

 

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