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プロとアマチュアの違いは何か…。 自分の仕事に誇りを持ち、より充実した生活を送るためのヒントが満載。きっと誰もが今からでも変われます!本当の「自分」を発見し、マンネリズムから脱出しよう。 1982年(昭和57年)から1984年(昭和59年)までに連載された、芸術生活社発行『自己表現』の「プロフェッショナル研究」を原文のままお届けします。

「陶酔して行える者が、その道の奥義をつかみとる②」プロフェッショナル研究 Chapter5-2

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テニスに憑(つ)かれた男(プロ)は、感動的な試合を求める。勝敗の行方より、秘術を尽くしたラリーの交換に快感と醍醐味を見つけ出す。

主人公ツアラプキンはソビエト人である。ソビエトが国家の威信をかけて選り抜き、鍛え抜いた十八歳の天才選手だが、テニスが好きで、テニスに憑(つ)かれた彼は、コーチや監督の勝利第一主義が気に入らない。彼はいつも「良いテニス」を求めており、時には手を出さなければアウトになるボールを打って失点し、敗れてしまう。相手の汚い戦術やうるさい抗議に嫌気がさし、簡単に負けた夜、監督にひどく叱られ、次の大会で勝てなければモスクワへ帰れとまで言われて亡命を決心する。このあたりの話の運びは、これがサスペンス小説の状況設定だなどとはまるで思えぬほど人間がよく描けていて、実に良い。
で、ツアラプキンはキングの家へ来る。キングは世界第二位のプロテニス選手で、彼の一家はツアラプキンを家族同様に迎え、ヴィサリオン・ツアラプキン、通称ラスタスも、プロテニス選手として活躍を始める。
世界第一位はスコット・デニスンである。彼は勝利がすべてという汚い選手で、勝てば勝つほど人気を失うタイプであったが、キングはそれまで、何度デニスンと当たっても勝てないでいた。ところがその年のウィンブルドンの決勝で、キングはデニスンをリードし、もうちょっとで勝てるところまで来た。そのときデニスンはネットの近くにボールを落とし、キングがその球をとれば審判台に衝突するようにした。キングはその策にはまり、勝利寸前で負傷退場する。
ツアラプキンの献身的な努力でキングは回復し、二人はまた無敵のダブルスコンビとなり、シングルスでも有力選手になる。
そして、次の年のウィンブルドンの準決勝で、デニスンとツアラプキンが対戦する。
ツアラプキンは、それまでの清潔な試合ぶりを捨て、汚さに汚さで対抗してデニスンを追いつめ、マッチポイントのとき、前年デニスンがキングにやったプレーをしようとする。しかも相手にその位置を指さして見せるのである。
ツアラプキンが気持ちを変え、デニスンは負傷退場こそしなかったが、三対〇で完敗する。
彼は観衆の前で処刑されたのだ、とラッセル・ブラッドンは書いている。
その夜、キングがツアラプキンの部屋へ行くと沈んだ表情の彼がいた。(以下、新潮文庫『ウィンブルドン』ラッセル・ブラッドン著、池央耿訳から引用)
――「テニスコートのスコッティについて知らないことは何一つないね。彼はまず相手を呑んでかかる。それから試合を自分のペースで進める。自分が注目を浴びてなきゃ気が済まない。汚い手を使っても文句は言わせない。笑いかけたら相手は、分かっているよっていう態度でうなずかなきゃいけないんだ」
「だから僕は、わざと彼を無視したんだ。ちょっと派手に芝居して、彼を食ってやったんだよ。見苦しい抗議なんかよせって、観客の前で言ってやった。向こうがこっちを見たときはいつも目をそらせるようにしたんだ」
「いいじゃないか」
「でもやっぱり、僕は純粋にテニスだけで勝負するべきだったよ。彼が言いがかりみたいな抗議をしようとどうしようと、僕はちゃんとテニスで勝たなきゃあいけなかったんだ。いや、本当にテニスの勝負なら僕は負けたってよかったよ。前は僕もそういうテニスをやってたんだ。これからもそうしなきゃあいけないだろうね」――

つづく

月刊『自己表現』1982年10月号から原文のまま

 

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