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プロとアマチュアの違いは何か…。 自分の仕事に誇りを持ち、より充実した生活を送るためのヒントが満載。きっと誰もが今からでも変われます!本当の「自分」を発見し、マンネリズムから脱出しよう。 1982年(昭和57年)から1984年(昭和59年)までに連載された、芸術生活社発行『自己表現』の「プロフェッショナル研究」を原文のままお届けします。

「自分を捨てた人が失敗からも立ち上がるⅢ」プロフェッショナル研究 Chapter8-3

ビジネス
8-3

競馬で二万円損しちまったよ。この一言が言えないために、借金は百八十万円になり、悲劇は途方もなく膨(ふく)れ上がった。

 

後輩の一人に馬鹿な奴がいて「サラ金に百八十万円の借金ができた」と言ってきたことがある。
それも本人が言ってきたのではなく、奥さんは半狂乱になって「あんな人とは別れる!!」と言いに来たのである。
「いったい、何に使ったんだ」ときいてみた。とは言うものの私には分かっていた。
男がそんな借金を、女房にも言わずに作るのは女かバクチぐらいしかありゃしない。
その後輩は金のかかる女にのめりこむようなタイプではないから、金のつかいみちはバクチしかない。
「百八十万円もつかったら、相当面白い勝負ができただろうな」と、バクチに関する限り人を責める資格のない私は大いに興味を持ってたずねた。
ところがそれがまるで大間違い。
彼はバクチを身を削られるような思いでやっていたのであった。
つまりこうだ。彼はある小さな商事会社に勤めてるんだが、ある月の給料日が土曜だった。そこで彼は会社の友人に誘われるまま競馬場へ行き、二万円ほど損をした。
これで彼が、そのまま家へ帰り奥さんに「競馬で二万円損しちまったよ」と言って謝れば「馬鹿な人ねえ」ぐらいで済んだろうに、彼はそうしなかった。
そんなカッコ悪いことできるかい、という気持ちもあり、奥さんという人も「馬鹿な人ねえ」ぐらいで済ませるような人ではなかったのだろう。
余談だが、こういうタイプの女性が随分増えていることは、サラ金の広告がやたら目につくことからも知れる
昔、人喰い虎の出没する村に住んでる人に「何でこんなところに住むのか」とたずねたら「ここは税金が安いんです」と答えたという話があり、税は虎よりもおそろしいのだ、と解説してあったが、現代では、妻は高利よりも恐ろしいのだ、と信じている人が多いようである。
ともあれ彼はサラ金でその二万円を借りて額面通りの給料を奥さんに渡した。

二万の借金は一カ月後の返済時には二万四千円ぐらいになる。
そこで彼は三万円借りて返済し、残りの六千円ほどで一勝負して借金を消そうとした。
そんなバクチが当たるはずない。翌月三万六千円の返済に五万円借り、次は七万円、その次は十万円という具合で、一年ほどの間に借入れ総額は百八十万になった、というのである。
「何でそんなアホウな真似を!!」と私は怒ったが、それは無理というもので、アホウだからアホウなことをしただけなのだ。
一時的にカッコ悪さに耐える、一時的に無駄足を我慢する、一時的に金銭的損失に耐える、こういうことを別の言葉で言うと捨てるということになる。
捨てている人間は強い。

なぜなら彼は失敗してもそこから立ち直る力を持っているから。
失敗しない人はいない。
問題はその失敗による損失をできるだけ少なく食い止め、その失敗の影響を、できるだけ早く抑え、そこから前進できるかどうかということなのだ。
失敗のあと安楽ということはない。

失敗のあとしまつはいつでもカッコ悪く、苦しく辛い。そういうところで己を捨て、失敗のダメージから立ち上がる人は、本当のプロフェッショナルである。
己より大事なものを持っている人である。
人間、難しも自分が大切である。

しかし、プロフェッショナルであれば、自分よりも仕事、仕事にかける自分の誇りがあるはずで、そちらを大切にする気持ちがあれば、捨てることも可能であり、失敗を糧としてさらなる進歩発展をつくり出すことも可能となるのである。

月刊『自己表現』1983年1月号から原文のまま

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