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プロとアマチュアの違いは何か…。 自分の仕事に誇りを持ち、より充実した生活を送るためのヒントが満載。きっと誰もが今からでも変われます!本当の「自分」を発見し、マンネリズムから脱出しよう。 1982年(昭和57年)から1984年(昭和59年)までに連載された、芸術生活社発行『自己表現』の「プロフェッショナル研究」を原文のままお届けします。

「自分の仕事は、自分のすべてを投入した作品でありたいⅡ」プロフェッショナル研究 Chapter10-2

ビジネス

待つということ。それは男の、もっとも男性的な行為である。批判精神に溢れた現代青年よ、もっと男性的

自分もなってみるとよくわかるが、部長とか課長とか、人の上に立つ責任の立場になった人は、とりあえず権威と言うか、部下たちが自分を重んじ、自分の言うことに従い、自分の命令が守られることの保証を望むものである。
もちろん一人や二人そうしない者はある。だが、そういう者たちも月日をかけ、ゆっくりと指導すれば自分に従うようになる、してみせると思っているものだ。
そういう部長や課長にとって一番面白くないのは、公然たる反抗である。他の部下たちの見聞きしているところで自分に従わない者が出るのがいちばん困る。これは言っていることの当否は関係ない。むしろそういう部下は、理屈に合わぬことを言ってくれたほうが、他の者の見る眼がゆがまないだけ助かる。
「ベンチがアホやから野球がでけへん」と言うのが、監督の好さい配でみごとな勝利をおさめたあとなら笑い話ですむが、作戦の手違いで勝てる試合を失ったあとではまことに困る発言となる。そんな発言をする者は、少なくともその組織にいる限り活躍の場は与えられないことになる。だからどうしても部長や課長を批判したいのなら、他の人の見ていないところで、一対一で言うべきである。それにしても、そういうことはしないほうが良い。なぜなら、そういうことのあと黙っていることのできる人は少ないから、つい人に話してしまう。結果的にみんなの前でやるのと変わりはないことになる。部でも課でも一つのチームである。心にしこりがあっては団結は損われる。仕事の効率も悪くなる。そしてその元凶は君ということになるからだ。
批判精神を失えと言っているのではない。その批判は自己の完成のために用い、自分が責任者の立場に立つ日まで秘しておけと言っているのだ。
「待つということ、それは男の、もっとも男性的な行為である」というのは、私が十年も前に書いた詩の一節なんだが、批判精神に溢れた現代青年たちよ、もっと男性的に生きたまえと呼びかけたいよ。
さて本題にもどって、良いものをつくるという話だ。一月十日の新聞に、井上ひさし氏が公演直前になって「我ながらさんたんたる戯曲。とてもお客様にお見せできない。この戯曲は破棄したい」と主宰者に申し入れたというニュースが報道された。
井上ひさし氏の作品をはじめて読んだのはずいぶん前のこと。「モッキンポット師の後始末」だったが、とても面白くてすっかり気に入った作品だった。でも氏の他の作品はあまり読んでなくて、エッセイ集の「家庭口論」だとか雑誌に連載された「吉里吉里人」ぐらいである。
「モッキンポット師」のときのテンポの早い展開が「吉里吉里人」ではすっかりなくなって、どうも井上ひさし師は疲れているみたいだと思っていたら、今回の報道だった。

つづく

月刊『自己表現』1983年3.4月合併号から原文のまま

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